歴代デミオ

現在、デミオは3代目までが生産されています。もっとも人気があったのは初代で、「マツダの急救世主」と呼ばれるほどの大ヒットを記録したのでした。そのインパクトには凄まじいものでした。当時経営危機を迎えていた同社が、限られた予算の中で開発したコンパクトカーがこれだけの売れ行きを見せ、結果として倒産せずに現在も続いているという事実を作り上げたのです。2002年には2代目へと進化しまして、デザインは似たイメージを残しつつも少し丸っこくなりました。ヨーロッパの市場で重要視されている、「空力」にこだわったためだと言われています。それに伴い、高速安定性も向上しました。現行が登場したのは2007年です。更に丸みを帯びたスタイルとなったのが印象的です。それまでの角ばったイメージをくつがえし、現在のコンパクトカー市場に勝負に出ています。

初代

初代のデミオは、マツダにとって忘れることが出来ないほどの自動車です。当時は、いろいろな方向に販売チャンネルを設置しそれが大失敗してしまったことで、経営状況が苦しかったのです。この状況をなんとしても打破しなければ倒産か、吸収かというほどまで追い込まれていました。そんな状況下で、限られた予算を使って新しい自動車を開発することになったのです。そうして誕生したデミオは、その使い勝手の良さから爆発的な大ヒットとなりました。徹底的にシンプルなデザインをはじめとして、立体駐車場にギリギリはいることが出来るくらいの高さ、最大限の車内スペースなど魅力が盛り沢山だったからです。そうして、同じクラスのコンパクトカーだけではなく、高級セダンやミニバン、果ては軽自動車からもユーザーがたくさん乗り換えをしてきたのです。こうして危機は免れ、「マツダの救世主」と言うあだ名まで付けられました。

2代目

2002年にあの大ヒットを記録し、「マツダの救世主」とまで呼ばれたデミオが2代目へと進化しました。まず変更点として、そのデザインが挙げられます。先代のおもかげを残しつつも、全体的に丸っこい印象のものになりました。コンセプトである「広くて実用的なコンパクトカー」というのはそのままで、ヨーロッパ市場においての競争力を確保するために空力を意識した形となったのです。それからフォードと共同で開発したプラットフォームがつかわれており、「フィエスタ」と共通のものになっています。エンジンは引き続き1300ccと1500ccの2種類ですが、新開発のものを搭載し燃費や走行性能の向上と、環境対策に乗り出しています。また、「SPORT(スポルト)」と言う名前のスポーティなモデルが登場しています。1500ccのみのラインナップで、専用のフロントグリルが途中のマイナーチェンジで取り付けられることになったほか、オートマチックトランスミッションが「アクティブマチック」と呼ばれるものになっています。

3代目

2007年にマツダのデミオは、現行の3代目へとフルモデルチェンジしました。この進化で最も変わったことといえば、そのデザインです。初代や2代目が角ばったイメージだったのに対し、こちらはヨーロッパのコンパクトカーを連想させるようなとても丸っこいものとなりました。フランスのメーカーとして有名なプジョーの207をとくに強く意識したものとなっており、日本以外の国においては3ドアのモデルも発売されています。また、プラットフォームの大部分や駆動系に関しては、先代から受け継いでいます。しかし基本構造が、フォードと共同開発していたものから独自のものへと変更されました。これにより軽量化を実現しています。また、このジャンルはどんどん大きくなっていく傾向にありましたが、先代がその流れに乗ってしまった反省も込めて踏みとどまったことも評価されています。